非正規から公務員へ。就職氷河期世代の私が、40代で安定を手に入れるまで

🌷 病棟で働く看護助手(看護補助者)、介護福祉士のくらともがお届けする記事です☕

こんにちは、くらともです☕

今日は、私の人生の中でも一番の転機だった、40代で正規の公務員になった話を書きたいと思います。

「公務員になれ」。子どもの頃から、親にそう言われて育ちました。
でも就職氷河期世代で、しかも短大卒の私にとって、一般行政職の公務員試験は狭き門すぎて夢のまた夢。「自分には無理」と早々に諦めていました。

そんな私が、40代になってまさかこんなルートで公務員になれるなんて。今でも、あの日の市の広報を開いた瞬間のことを、昨日のことのように覚えています。

同じように「正規雇用って遠い話だな…」と感じている方の背中を、少しでも押せたら嬉しいです🌷


目次

📖 この記事を読んでほしい人

  • 👩 就職氷河期世代で、非正規雇用を繰り返してきた方
  • 👩 「正規雇用はもう無理かも」と諦めかけている方
  • 👩 40代・50代からのキャリアチェンジを考えている方
  • 👩 技能労務職(現業職)の公務員ってどんな仕事?と気になる方

1つでも当てはまる方は、きっと何かのヒントになると思います。


まずは、私のこれまでを年表で

話を始める前に、私の働き方がどう変わってきたかをざっくり見てもらえると、イメージしやすいかもしれません。

年齢できごと雇用形態
〜25歳短大卒 → 正規保育士として就職🟢 正規
25歳結婚🟢 正規
26歳第1子出産 → 退職⚪ 専業主婦
27歳〜元の職場にパート復帰(時給850円)🔵 非正規
30歳第2子出産 → 退職⚪ 専業主婦
33歳〜市の臨時職員パート(時給750円)🔵 非正規
数年後公立保育所の常勤保育士(非正規)🔵 非正規
40代市立病院の看護助手(公務員)に採用 🎉🟢 正規

見てもらうと分かる通り、20代後半〜30代の15年近くをほぼ非正規で過ごしています。これ、就職氷河期世代の女性には珍しくない話なんですよね。


🌱 第1章:正規保育士を辞めたあの日

25歳で結婚、26歳で第1子を出産。このとき、私は正規の保育士でした。

でも、実家も義実家も遠方。夫の職場は残業も多く、手取りも落ちていた時期で、ワンオペ育児のなかで共働きを続けるのは現実的じゃなかったんです。泣く泣く退職を選びました。

子どもが1歳になったころ、元の職場にパートで復帰。時給850円

正規職員とほぼ同じ仕事をしながら、時給換算で全然違う待遇。しかも3歳未満児の保育料は高くて、働いても手元にお金がほとんど残らない。
「…私、何のために働いてるんだろう」

当時の私は、その問いに答えを出せないまま、ただ毎日を節約と育児と仕事でこなしていく日々でした。


🌿 第2章:第2子出産、そして3年間の家庭保育

30歳で第2子を出産したときは、スパッと退職しました。

第1子のときには、バタバタしていてあまり楽しめなかった育児。「今度は、ゆっくり味わおう」と決めていたんです。

3年間の家庭保育。お金はギリギリでしたが、毎日子どもと過ごせたあの時間は、今でも宝物みたいに思い出します🌸
あのとき選択した時間が、私にとってはすごく大切な土台になっています。

下の子が年少で保育園に入ったタイミングで、またハローワークへ。
そこで見つけたのが、市の臨時職員のパートでした。時給750円。当時のほぼ最低賃金です。

お給料は本当に少なかったけれど、半日勤務で融通がきいて、子どもが体調を崩した時にもすぐ帰れる。
この時期の私には、「給料よりも、時間の自由」の方が大事でした。「悪くない働き方だな」と、当時は本当にそう思っていたんです。


⚡ 第3章:「来年度の更新はありません」

臨時職員には、必ず終わりが来ます

その事実は頭では分かっていたけれど、いざ「更新はありません」と告げられると、足元がフワッと崩れるような感覚でした。「ああ、私はこうやってずっと、誰かの都合で働き方を決められていくんだな」と思った瞬間です。

次の仕事として選んだのは、公立保育所の常勤保育士(非正規)。幸い、保育士の資格があったのですぐに見つかりました。

子どもたちも中学生・小学生になっていたので、今度はフルタイム勤務。久しぶりのフルタイムに加えて、クラス担任まで任されて、本当に忙しい毎日でした。

でも、忙しさ以上に私を苦しめたのは、「正規と非正規の、あまりにもハッキリした差」でした。

正規職員非正規の私
担任業務持つ持つ
責任の重さ同じ同じ
給料しっかりかなり少ない
有給しっかりほぼなし
ボーナスありなし/わずか
退職金ありなし

同じ仕事、同じ責任、それなのに待遇は天と地ほど違う。これを毎日目の当たりにしていると、じわじわと「正規になりたい」という気持ちが、また湧き上がってきました。

子どもの頃、親に言われた言葉が蘇ります。
「公務員になれ」って。

諦めてたはずのその言葉が、40代になってもまだ心の奥でくすぶっていたんです。


✨ 第4章:市の広報で見つけた、一行の求人

ある日のこと。
何気なく開いた市の広報に、小さな一行の求人が目に飛び込んできました。

📰 市立病院にて、看護助手を募集しています。

「…これ、正規の公務員枠?」
恐る恐る読み進めると、技能労務職(現業職)の正規採用とのこと。

正直に告白すると、この時の私は仕事内容よりも「公務員」という言葉に完全に引き寄せられていました

看護助手がどんな仕事なのかも、正直よく分かっていませんでした。でも、「もしかしたら、ずっと諦めてきた正規公務員への道が開けるかもしれない」という希望だけで、とりあえず応募書類を取り寄せました。

ダメで元々。落ちたら、それはそれ。
でも受かったら、人生が変わるかもしれない。その思いだけで、申込書を郵便ポストに入れました📮


📝 第5章:試験対策はほぼナシ。でも、伝えるものはあった

試験内容は、作文と面接
行政職のような筆記試験はなくて、技能労務職枠ならではの「人物重視」の試験でした。

看護助手は全くの未経験。病院で働くこと自体も初めて。
不安だらけでしたが、一つだけ自信を持って語れることがありました。それは「15年以上、人と関わる仕事をしてきた」という事実です。

面接と作文で、素直に語りました。

  • 📚 保育士として、子どもたちにどう向き合ってきたか
  • 🤝 保護者との信頼関係をどう築いてきたか
  • 💛 チームで働く中で、大事にしてきた姿勢
  • 🌱 未経験でも、新しい環境で学び続ける覚悟

「看護助手の経験はありません」
「でも、人と関わる仕事に、私は真剣に向き合ってきました」

その一言に、長年積み上げてきた自分の全部を込めたつもりです。


🎉 第6章:合格通知を受け取ったあの日

数週間後、ポストに一通の封筒が届きました。

手が震えました。開封するまでの数秒が、本当に長く感じました。

📩 合格のお知らせ

文字を目で追ったとき、真っ先に出た感情は「え、ほんとに?」という驚きでした。そして次の瞬間、じわーっと涙が出てきたんです。

嬉しい、という単純な感情以上に、「私の15年間を、社会が認めてくれた」と感じたんです。

確かに、技能労務職は一般の行政職とは違います。「エリート公務員」とは言えないかもしれません。でも、それでよかった。私には十分すぎるほどの合格だった。

長年「非正規」と「正規」の差に苦しんできた私にとって、正規職員になれたことの意味は、言葉にできないくらい大きかったです。

子どもたちはこれから高校・大学に進む時期。一番お金がかかるタイミングで、しっかりとした基盤を作れた。
その安心感は、本当にかけがえのないものでした🌷


💰 第7章:同じ頃、投資も始めていた

公務員になったのとほぼ同じ時期、私は投資も始めていました

  • 📈 SBI証券で積立NISA(スタート直後の頃)
  • 🏦 楽天証券でiDeCo(月5,000円)

給料が一気に上がったわけではありません。でも、「安定した収入が今後も続く」という見通しが持てたことで、投資を続ける気持ちがぐっと固まりました。

非正規だった頃は、「来年もこの仕事があるか分からない」「いきなり更新停止されるかも」という不安が、いつも頭の片隅にありました。そんな状態では、将来のことなんて考える余裕はありません。

でも正規になって初めて、「5年後、10年後を考えられるようになった」んです。
これは私にとって、本当に大きな変化でした。


💭 振り返って思うこと

正直に言うと、看護助手になってからの最初の数ヶ月は、本当にしんどかったです。

病院という慣れない現場。覚えることが山のようにあって、体力的にもキツい。人間関係にも苦労しました。「辞めたい」と何度も思いました。そのあたりの話は、またいつか別の記事で書きますね📝

でも今、8年経ってこうして振り返ると、あの一行の求人に目が止まってよかったと心の底から思います。

諦めていた「正規公務員」という道が、思わぬ形で開けた。「私には無理だ」と決めつけていたことが、ちゃんと別のルートで叶うこともあるんだと知りました。


🌟 同世代のあなたへ、伝えたい3つのこと

同じように、非正規雇用に悩んできた方に伝えたいことがあります。

① 「もう無理」は、思い込みかもしれない

私も40歳まで「正規の公務員なんて私には無理」と決めつけていました。でも実際には、技能労務職という別のルートがちゃんとあったんです。
正面からの門が閉じていても、横の小さな扉が開いていることがあります。

② これまでの経験は、必ずどこかで活きる

私が合格できたのは、保育士として積み上げた「人と関わる経験」が評価されたからだと思っています。
看護助手と保育士は、一見まったく違う仕事。でも根っこの部分で「人に寄り添う」という共通点があった。
あなたの経験も、きっと思わぬところで活きます

③ 「市の広報」を侮らない

私の人生を変えたのは、市の広報に載ったたった一行の求人でした。
転職サイトや大手求人サイトだけじゃなく、ぜひ自治体の広報誌やホームページもこまめにチェックしてみてください。
技能労務職や会計年度任用職員(最近増えています)の情報が、意外とここに載っていたりします。


まとめ

  • ✔ 20代後半から15年以上、非正規雇用を転々としてきた
  • ✔ 40代で「市の広報」の一行の求人から、看護助手(正規公務員)に合格
  • ✔ 保育士としての「人と関わる経験」が面接で評価された
  • ✔ 正規になってはじめて、5年後10年後を考えられるようになった
  • ✔ 同じ頃に積立NISAとiDeCoをスタートし、今の配当生活への道のりが始まった

「もう遅い」「私には無理」と感じている方も、諦めないでほしい。
私のルートが、あなたに合うかは分かりません。でも、道は一つじゃないということだけは、自信を持ってお伝えできます🌷

そして、正規雇用を手に入れたからこそ始められた投資についても、これからこのブログで少しずつ書いていきますね。同じ就職氷河期世代の方の、何かのヒントになれば嬉しいです。

私の自己紹介はこちらにも書いています👇

看護助手の具体的な仕事内容が気になる方は、こちらの記事もぜひ👇

それでは、また次の記事でお会いしましょう🍵
くらとも

この記事を書いた人

50代・看護助手(市公務員)就職氷河期世代を経て手取り20万円台でコツコツ投資を続けています。インデックス投資9年、高配当株投資2年目。給与が低くても工夫次第でできることを、リアルに発信中。

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